大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4361号 判決 1996年1月26日
原告
桑田靜枝
被告
辻淑子
右訴訟代理人弁護士
福本康孝
主文
一 原告の昭和五九年一月分から平成五年二月一八日までの水道料金の請求及び平成六年一月分から同年六月分までの光熱費と家賃・共益費の請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金三三〇万四五五〇円及びこれに対する平成六年一月から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、賃貸した家屋の家賃・共益費や水道料金、光熱費等の支払を求めた事案である。これに対し被告は、原告はすでに本件に先行する別件訴訟において、本件で請求している債権を自働債権として相殺の抗弁を提出しているから、原告の請求は二重起訴の禁止に違反するとして訴え却下の判決を求め、また原告の請求は理由がないとして請求棄却の判決を求めている。
一 原告の主張
1 被告は、昭和五七年八月二五日、訴外巽住宅株式会社(以下「巽住宅」という。)から、大阪市北区同心二丁目三番二九号所在鉄骨陸屋根四階建「総合企業ビル」一階三号室(以下「本件家屋」という。)を賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
2 原告は、昭和五八年二月、巽住宅から本件家屋の所有権を取得し、賃貸人の地位を承継した。
3 本件家屋の家賃・共益費は、平成五年から一か月八万七六〇〇円(消費税込み)となった。
4 被告は、平成六年一月分から平成七年一〇月分までの家賃・共益費合計一九二万六一〇〇円を支払わない。
5 原告は以下の代金を被告に代わって支払った。
(一) 光熱費
平成六年一月分から平成七年一〇月分まで二二か月分(平成六年一月分が二万三三三〇円、同年二月分から平成七年一〇月分までが一か月七五九〇円、合計一八万二七二〇円)
(二) 不足の水道料金
昭和五九年一月から平成五年二月一八日まで(一八万円)
6 本件家屋の内装についての解体補修工事撤去費として一〇一万五七三〇円(消費税込み)の費用を要するが、右費用の支払義務は被告にある。
7 よって、原告は、被告に対し、右各金員の合計三三〇万四五五〇円及びこれに対する平成六年一月から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の主張
1 原告は、本件に先行する別件訴訟(以下「先行訴訟」という。)において、本件で請求している債権を自働債権として相殺の抗弁を提出し、右訴訟の控訴審判決で一部認められているのであり、先行訴訟と本件とで矛盾した判断がなされる虞があるだけでなく、相殺の抗弁が認められた部分については被告に二重払いの危険もあるから、原告の請求は二重起訴の禁止(民事訴訟法二三一条)に違反しており、却下されるべきである。
2 被告は、平成五年一一月八日、原告との間で本件賃貸借契約を合意解除し、同年一二月二〇日には、被告が本件家屋に持ち込んだものは持ち出し、原告に鍵を返還して、本件家屋を原状に復して明渡している。
第三 当裁判所の判断
一 二重起訴の禁止について
1 証拠(乙一ないし三、三九、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、原告に対し、本件賃貸借契約の保証金の返還を求めて、先行訴訟を提起した。
原告は、右訴訟において、被告に対し、①電気代(平成六年一月分二八〇〇円、同年二月分から同年六月分まで一か月三三〇円、合計四四五〇円)、②動力代(平成六年一月分八〇〇〇円、同年二月分から同年六月分まで一か月五五〇〇円、合計三万五五〇〇円)、③ガス代(平成六年一月分から同年六月分まで一か月七三〇円、合計四三八〇円)、④水道代(昭和五九年一月分から平成五年一二月分まで一八万円、平成六年一月分一三〇〇円、同年二月分から同年六月分まで一か月一〇三〇円、合計一八万六四五〇円)、⑤家賃・共益費(平成六年一月分から同年六月分まで一か月八万七五五〇円、合計五二万五三〇〇円)、⑥看板電気代(昭和五八年二月分から平成五年二月分まで一か月四〇〇〇円、合計四〇万四〇〇〇円)、⑦ゴミ代(一万〇五〇〇円)の各債権を有すると主張し、右各債権を自働債権として、保証金返還債務と対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。
(二) 先行訴訟の第一審判決は、被告の主張する請求原因事実が認められないとして被告の請求を棄却したが、控訴審判決は、被告主張の請求原因事実を認めた上、原告の右相殺の抗弁について判断し、その一部を認めた。
先行訴訟については、原告が上告し、現在最高裁判所に係属中である(平成七年(ネオ)第三一号)。
2 係属中の別訴において自働債権として相殺の抗弁を提出した債権について他の訴訟で請求することは許されないと解すべきである。なぜなら、民訴法二三一条が二重起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること等を考慮すると、同条の趣旨は、係属中の別訴において自働債権として相殺の抗弁を提出した債権について他の訴訟で請求する場合にも妥当するからである(最高裁平成三年一二月一七日判決民集四五巻九号一四三五頁参照。なお、右判決は、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を提出した事案についてのものであるが、右の理は本件にも妥当するものである。)。
3 これを本件についてみると、原告は先行訴訟において①電気代、②動力代、③ガス代(いずれも平成六年一月分から同年六月分まで)、④水道代(昭和五九年一月分から平成六年六月分まで)、⑤家賃・共益費(平成六年一月分から同年六月分まで)の各債権を自働債権として相殺の抗弁を提出しながら、本件で昭和五九年一月分から平成五年二月一八日までの水道料金及び平成六年一月分から平成七年一〇月分までの光熱費と家賃・共益費を請求している。しかして、証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、光熱費は前記①電気代、②動力代、③ガス代及び水道料金を含むことが認められる。
従って、両者が重なり合う昭和五九年一月分から平成五年二月一八日までの水道料金、平成六年一月分から同年六月分までの光熱費及び家賃・共益費については、本件訴訟で請求することは許されないから、右各請求に係る訴えは不適法として却下すべきである。
二 その余の請求について
1 証拠(検甲三ないし一〇、乙一、九、原告本人)によれば、被告は、平成五年一二月二八日、本件家屋を明渡したと認められるから、被告がいまだ本件家屋の明渡しを完了していないとの原告の主張を前提とする平成六年七月分から平成七年一〇月分までの家賃・共益費及び光熱費の請求は、いずれも理由がない。
2 原告は、被告が解体補修工事撤去費を支払う義務があると主張する。
なるほど、証拠(検甲三ないし一〇、原告本人)によれば、本件家屋には看板、じゅうたん、空調機、冷蔵庫、製氷機、ゲーム機三台、長椅子、カウンター、カーペット、すのこが残置されていることが認められる。しかし、証拠(甲四、乙一、九、原告本人)によれば、空調機、冷蔵庫、製氷機、ゲーム機三台、じゅうたん、すのこは、前賃借人の訴外北井豊から被告が引き継いだものであること、長椅子は、従前から設置されていた椅子が壊れたので、被告が賃借中に新しく設置したこと、またカーペットはコンクリートのままの廊下に被告が敷いたものであること、看板には被告の商号である「茶夢」などが記載されていること、被告は本件家屋内のカウンターを改造したこと、本件賃貸借契約は、軽食及び喫茶店営業を目的として締結されたものであること、本件賃貸借契約では、賃貸人は、賃借人が本件家屋を明渡し賃貸人に対する一切の債務を清算したときは本件家屋の修復費として保証金二〇〇万円の内から四〇万円を差し引き、残金一六〇万円を返還する旨の合意がなされていることが認められる。
右認定の事実を前提に被告に解体補修工事撤去費を支払う義務があるか否かを検討する。
まず、本件家屋の賃借人が負担する原状回復義務は、借主が賃借した当時の原状に回復すべきものであるから、被告は北井から引き継いだ空調機、冷蔵庫、製氷機、ゲーム機三台、じゅうたん、すのこを撤去する義務はない。
次に、長椅子、カウンターについても、被告が設置または改造したものが軽食及び喫茶店営業のための設備として従前のものより機能や美観等が低下しているとはいえないから、被告が撤去義務を負うものとはいえない。
また、コンクリートのままの廊下にカーペットを敷いたからといって、廊下の利用上支障が生ずるとは認め難いから、原状回復義務の履行として、被告が撤去する必要性は認められない。
看板については、被告の商号等が記載されており、被告が本件家屋を明け渡した以上、撤去する必要があるが、原告が保証金から修復費を控除した残額のみを返還するものと定められていた以上、その控除した修復費をもって修復すべきものと考えるべきであり、被告の原状回復義務には含まれない。
以上から、原告の解体補修工事撤去費の請求は理由がない。
三 結論
以上によれば、原告の昭和五九年一月分から平成五年二月一八日までの水道料金の請求及び平成六年一月分から同年六月分までの光熱費及び家賃・共益費の請求に係る訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、その余の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官將積良子 裁判官村上正敏 裁判官中桐圭一)